公園の怪   こばやしぺれこ


 会社帰りの公園で、空を見上げる子どもを見つけた。
東の空はもう暗く、街灯もぽつぽつ灯る時間。髪の長い男の子にも、髪の短い女の子にも見える子どもは、公園の真ん中にいる。
ぼんやりとしているようにも、途方にくれているようにも見える。
 このまま放っておくのもまずかろうと思って話しかける。
「どうしたの」
「わからなくなっちゃったの」
 やはり迷子だったようだ。
「おうちがわからないの?」
「うん」
 近くの交番はどこだっただろうか。私は咄嗟に思い出せない。スマホで調べれば、わかるだろうか。
「お名前は?」
「なまえも、わからないの」
 そんなに小さな子だろうか。私はふと訝しむ。
「なまえも、おうちも、わからないの」
 ふと、子どもが視線を落とす。空から、地面へ。
「でも」
 そして私を見る。艶のある瞳。そこには私が映っている。
 子どもは笑った。心底から嬉しそうに。そこには安堵の色がある。
「今わかった。私は真弓。真弓あずさ。会社から一人暮らしのアパートに帰る途中。実家は千葉で、来春結婚する予定」
 あれ、と私は思う。こんな小さな子が、会社に? 実家が千葉なのは、来春結婚するのは。
 ぐらり、と地面が揺れる。
 揺れる。
目が回る。私が回る。暗い空が、遠くなる。
「さよなら。私は帰るね」
 私は女性を見上げている。グレーのスーツに、黒い鞄を肩から掛けた大人の女性を。
 彼女は低いヒールを僅かに鳴らし、公園から出ていく。振り返ることなく。

 私は、ただただそれを見送っている。
 私は、私が私ではなくなるのを感じている。
 私は誰であったのだろうか。
 私はどこへ帰るはずだったのだろうか。

 何もわからないまま、私はただ公園に立ち尽くしている。




こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。好きなジャンルはSF(すこしふしぎ)

写真から思い浮かんだ二つの光景です。二つの話に関わりはありませんが、同じ写真から全く別の二つが浮かびました。
どちらも私にとってはすこしふしぎな世界です。よろしくおねがいします。